■中原電車区103系■
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1.中原電車区写真館
2004年12月27日のナハ22廃車回送によって、南武線用103系は全廃となりました。
黒Hゴムが残っていたナハ18編成(武蔵新城にて)
ニュース:2002年夏から3枚分割となっている正面窓の真ん中部分上半分に遮光フィルムが103系全車に対して貼られた。山手線から捻出される205系による置換えが決定しているので、今後は現在の状態が維持されるものと思われる。
表記のルール:青文字は特別保全工事施工車、赤文字は更新工事施工車。表中のP,B,SnはそれぞれATSの搭載状況を表している。
17 →2003/7/11、44で置き換え(鎌倉で廃車)。
クハ103-493(P,B)+モハ103-201+モハ102-356+モハ103-468+モハ102-624+クハ103-494(P,B)
:中原区のなかでも汚さでは1,2を争う編成で、M201+M'356のユニットは、いまや貴重な特保車である(扉は金属押さえに交換、屋根は塗り屋根)。特保施行は大井S55。
クハ103-493(P,B)+モハ103-761+モハ102-2018+モハ103-762+モハ102-2019+クハ103-494(P,B)
:2001/2/10に習志野から転属したMM'ユニット4両によって、中間が置き換えられているのを確認。最終的にこの編成で廃車。
18 →2004/3/25、47で置き換え(鎌倉で廃車)
クハ103-361(P,B)+モハ103-473+モハ102-629+モハ103-474+モハ102-630+クハ103-362(P,B)
:全車更新車で、99年3月頃まで唯一前面が黒Hゴムで残っていた。東日本の車両に前面金属押さえが広まる中、孤高の存在ともいえた。
中原区では恐らく最後の施工車。編成を暗記している編成で、愛着は非常に強く、Nゲージで製作した。更新は大宮H5。
クハ103-361(P,B)+モハ103-747+モハ102-2004+モハ103-748+モハ102-2005+クハ103-362(P,B)
:2001/3/9に中間4両が習志野から転属したMM'ユニットに置き換えられているのを確認。最終的にこの編成で廃車。
19 →2004/12/4、?で置き換え(大宮で廃車)
クハ103-367(P,Sn)+モハ103-349+モハ102-504+モハ103-350+モハ102-505+クハ103-368(P,Sn)
:中原区で一番気にくわない編成。全車更新車で、当初から前面は金属押さえ。浦和区から来た新参者で、全車未更新車の編成を乗っ取った。更新は土崎H4。
20 →2004/1/8(廃回)、46で置き換え(鎌倉で廃車)
クハ103-499(P,B)+モハ103-638+モハ102-794+モハ103-629+モハ102-785+クハ103-444(P,B)
:全車未更新で、M638+M'794は扉が金属押さえに早くから交換されており、M629+M'785はかなり後まで、シートモケットが紺色で残っていた。クハ前面はHゴム。
【補足】 何故か一時的にM638+M'794がM760+M'2017に差し替えられていた(2001年1月末〜2月始め)。
21 →2004/1/27、48で置き換え(大宮で廃車)
クハ103-375(P,B)+モハ103-357+モハ102-513+モハ103-413+モハ102-569+クハ103-376(P,B)
:M357+M'513は特保車、他は全て更新車という6両編成にしては詰め合わせセット的な、おいしい編成だった。更新は土崎H5。特保は銘板が車内に無く不明。
クハ103-375(P,B)+モハ103-754+モハ102-2011+モハ103-413+モハ102-569+クハ103-376(P,B)
:2001/1/17にM357+M'513が習志野からの転属車に置き換えられていたのを確認。この編成のまま廃車。
22 →2004/12/17、50で置き換え
クハ103-357(P,B)+モハ103-317+モハ102-473+モハ103-321+モハ102-477+クハ103-316(P,B)
:中原区としては、早くから全車更新車編成を組んでいた。特徴的なのはM317+M'473の大井S52特保・土崎H3更新とみられる銘板(M321+M'477は未確認)。先頭車の更新は土崎H5。
クハ103-357(P,B)+モハ103-317+モハ102-473+モハ103-321+モハ102-477+クハ103-316(P,B)
:2001/1/16にM317+M'473が習志野からの転属車に置き換えられていたのを確認。この編成のまま廃車。
23 →2003/3/20、42?置き換え(大宮で廃車)
クハ103-775(P,Sn)+モハ103-467+モハ102-623+モハ103-462+モハ102-618+クハ103-788(P,Sn)
:先頭車は浦和区から転属し、当初から外幌を装備し、異彩を放っていた。更新は土崎H5。※M462+M'618を更新車と記入していましたが、誤りでした。
24 →2003/4/2、43で置き換え(鎌倉で廃車)
クハ103-791(P,Sn)+モハ103-165+モハ102-310+モハ103-167+モハ102-314+クハ103-794(P,Sn)
:中間4両はAU75搭載の初期型の更新車で、先頭2両の扉の金属押さえ、戸袋の黒Hゴムと相まって全車更新編成にも見える変わり種。
更新はM165+M'310新津‘90、M167+M'314は土崎H2いうコンビ。
クハ103-791(P,Sn)+モハ103-757+モハ102-2014+モハ103-167+モハ102-314+クハ103-794(P,Sn)
:2000/11/22に2両差し替えを確認。当時流行っていた、習志野からの転属車による置き換え。
クハ103-791(P,Sn)+モハ103-757+モハ102-2014+モハ103-754+モハ103-2027+クハ103-794(P,Sn)
:2001/3/23に再度差し替えで、6両全てが未更新で車齢が若い編成になった(全車総武出身???)。
25 →2004/2/20、49で置き換え(鎌倉で廃車)
クハ103-809(P,Sn)+モハ103-744+モハ102-2001+モハ103-745+モハ102-2002+クハ103-778(P,Sn)
:浦和からの転属で、全車未更新。中原区への2000番台の初配置車。M745+M'2002は扉が金属押さえ、他は黒Hゴム。
26 →2003/7/25、45で置き換え(鎌倉で廃車)
クハ103-471(P,B)+モハ103-722+モハ102-878+モハ103-723+モハ102-879+クハ103-472(P,B)
:全車未更新編成。中間4両の扉が金属押さえになっている以外は、ごく普通の編成。
27 →2003/3/25、38?置き換え(大宮で廃車)
クハ103-735(P,B)+モハ103-557+モハ102-713+モハ103-574+モハ102-730+クハ103-712(P,B)
:中原区としては極一般的な編成。Tc712は先頭車として唯1両(中間車でもナハ30のM'528だけ)AU75Gを搭載している。
28 →2002/12/27、37?で置き換え(大宮で廃車)
クハ103-287(P,Sn)+モハ103-361+モハ102-517+モハ103-226+モハ102-381+クハ103-424(P,B)
:ATSの搭載状況を見ても分かるように、Tc287は最近浦和から転属した車両。
M361+M'517は特保車で貫通扉は金網無しのガラスを使用、吊革はレール方向に配置するゴツイものである。
M226+M'381は更新車の上、中原区で唯一AU712搭載のMM'ユニット、Tc424未更新車という一粒で何度でもおいしい編成である。模型化しても充分面白い編成である。
クハ103-287(P,Sn)+モハ103-361+モハ102-517+モハ103-573+モハ102-729+クハ103-424(P,B)
:2000/6/7に更新車ユニットが習志野からの転属車で置き換えられた事を確認。
クハ103-287(P,Sn)+モハ103-739+モハ102-895+モハ103-573+モハ102-729+クハ103-424(P,B)
:2000/12/17にさらにもう2両が習志野(調査中)からのユニットに置き換えられた事を確認。そのまま廃車へ。
29 →2002/10/10、34で置き換え(大宮で廃車)
クハ103-717(P,B)+モハ103-641+モハ102-797+モハ103-206+モハ102-361+クハ103-774(P,B)
:M206+M'261は浦和区からやってきて、前のユニットを差し替えた。初期型の更新車だが、AU75を搭載している。
クハ103-717(P,B)+モハ103-641+モハ102-797+モハ103-746+モハ102-2003+クハ103-774(P,B)
:2001/3/19、更新車ユニットが習志野からの転属車に差し替えられたのを確認。この編成のまま廃車。
30 →2003/1/20、36?置き換え(鎌倉で廃車)
クハ103-745(P,B)+モハ103-372+モハ102-528+モハ103-573+モハ102-729+クハ103-442(P,B)
:Tc745の吊革には、レール方向に配置されるゴツイものが使用されている
クハ103-745(P,B)+モハ103-372+モハ102-528+モハ103-226+モハ102-381+クハ103-442(P,B)
:2000/6/7に中間ユニットがナハ28から捻出されたものに差し替えられていたのを確認。
クハ103-745(P,B)+モハ103-758+モハ102-2015+モハ103-759+モハ102-2016+クハ103-442(P,B)
:2000/11/22に中間ユニット全てが習志野からの転属車に差し替えられていたのを確認。この編成のまま廃車。
31 →2002/10/1、35で置き換え(大宮で廃車)
クハ103-759(P,B,Sn)+モハ103-658+モハ102-814+モハ103-552+モハ102-708+クハ103-772(P,B,Sn)
:ATSフル装備の珍しい編成。とりたてて目立たないヤツ。
クハ103-759(P,B,Sn)+モハ103-658+モハ102-814+モハ103-597+モハ102-753+クハ103-772(P,B,Sn)
:2000/6/7に中間1ユニットが習志野からの転属車に差し替えられていたのを確認。
クハ103-759(P,B,Sn)+モハ103-165+モハ102-310+モハ103-597+モハ102-753+クハ103-772(P,B,Sn)
:2000/12/10に中間1ユニットがナハ24から捻出されたものに差し替えられていたのを確認。
クハ103-759(P,B,Sn)+モハ103-658+モハ102-814+モハ103-597+モハ102-753+クハ103-772(P,B,Sn)
:2001/3/23に中間ユニットが元通りになっているのを確認。この編成で廃車。
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クハ103-369(P,B)+モハ103-553+モハ102-709+モハ103-554+モハ102-710+クハ103-370(P,B)
:中原区の編成番号は当時32までだったが、2本目の209系(ナハ32)が配置された直後、白地に黒文字の編成札(本来は緑地に白文字)を掲げ、武蔵溝ノ口や中原電車区で見かけた。しかし、いつの間にか姿を消し、Tc369は三鷹電車区に貸し出されていた。そして、1997年12月20日に大宮に行った際、大宮工場の線路に停まっており、平成9年付で廃車になっていた。